お母さんの笑顔
Kさん / てんかんのある子の父
「この子と生きる 二十一年間の笑顔をありがとう」という本に次のような記述があります。
「何も言わないで傍らにいて、
必要なとき、
必要な距離で、
必要なことをしてくれる人、
無理強いもせず、
じゃまにもならず、
大きなお世話もせず、
それでいて引きもせず、
そんな人の存在が大きい」。
これは、私の息子(現在16歳)と同じ病気を患って21歳で亡くなった娘さんを持った父親の書いた本の中で、筆者が取材で知り合った看護学校教育に長年携わった元教諭が言った言葉を引用したものです。って自分自身の16年間を振り返って、もし妻が私に点数をつけるとすると、間違いなく「優」であるはずはなく、おそらく「良」にも届かず、かといって「不可」でもないと願いたく、おそらく「可」だと思います。
賢は生後6カ月の時に結節性硬化症とそれに伴う難治性のウエスト症候群の診断を受けました。2度のACTH入院、乳幼児期を通してのてんかんの検査入院、薬の調整入院、ケトン食挑戦入院、セカンドオピニオンのための検査入院、さらにはVNSを含めて3度の外科手術と、すべては妻が母子入院をしてくれました。私は週末だけ妻と代わること、入退院の時に車で送迎するぐらいのことしかできませんでした。
賢が乳幼児のときは必死でした。講座・セミナーに出席したり、本を読んだりして、てんかんについてかなり勉強しました。7歳の時に手術を受けた後、今でも毎日発作はありますが、怪我をするような危険な発作はなくなり比較的安定しています。この16年間を振り返ると、勉強したことは主治医との治療方針・目標設定のコミュニケーションにおいて役に立ったと思います。
賢は重度の知的障害があり、生活面では食事、排せつ、着替え、入浴など全介助です。でも、幸い日常の生活では歩くことはできるので、私が週末に公園に散歩に連れて行きます。また、ほぼ毎日一緒に入浴しています。さらに、歯磨きや服薬時、定期的に訪問がある福祉理容師さんによる理髪の時に暴れて抵抗する賢を押さえるのも私の役割です。
このように部分的には役に立っていると思います。でも、基本的には毎日、体調が悪くても賢のために食事を作り、着替えをさせて、排せつの処理をして、定期的に抗てんかん薬の処方を遠くの病院まで取りに行くのは家内の役割です。
普通の夫婦の間でさえも、夫は妻をねぎらうことは大切です。難病・障害のある子どもをもつ夫婦の間ではことさら大切なことはわかっているのですが、「私稼ぐ人、あなた面倒を見る人」、のような関係がいつのまにか定着してしまって、毎日感謝しなければならないのに、感謝の気持ちを表すことなく当たり前のように過ぎっていくのが現実です。そんなことで昨年の年末は少し奮発して高級チョコレートを渡して、「一年間本当にお疲れさまでした」、と感謝の気持ちをあらわしたつもりだったのですが、どうやら甘すぎて好みに合わなかったようで、自分で食べている次第です(笑)。
本当はそんなプレゼントよりも日常の中で、うなずくだけでもよいから妻の不満を聞くこと、また、言ったことを言い返してあげることによって『受け止める』ことがはるかに大切だということをわかっているのですが、仕事で疲れていると、つい「新聞読んでいる時にぶつぶついろいろ言わないで!」などと言ってしまい、反省することばかりなのです。この16年間の中での最大の反省点は、妻の不満を受け止める真摯な努力を怠ったことと確信しています。
誰でも自分の子どもが難病であるとか、「重い障害がある可能性がある」と診断された時は相当ショックなはずです。私もそうでした。子どもに対する思いも大切ですが、入院、通院、療育など膨大な時間を過ごす母親の心身の健康も大切です。お母さんの役割を減らして、子どもと関係のない時間、一人の女性としての時間が大切なのです。母親が心も体もリフレッシュして余裕をもつと、子どもも安心します。この16年間を通してそのように実感しています。
息子が2歳の時の主治医が次のようにアドバイスしてくれました。「長くつき合っていくのだから、親がいらいらしてはいけない。できないことのほうが多いのだから、できることを見つけてほめてあげる。できることに目を向ける。親が安心している状態だと子どもも安心する。親がいらいらすると子どもが不安になる」。
また、7歳のとき手術をして下さった先生は、次のようなアドバイスをしてくれました。「長くつき合っていくのだから、賢くんの発作が軽い時にショートステイを使うなどして両親も自分自身の時間を大切にしてください。両親も今までベストを尽くしてきたのだから、今は一段落したと考えてよいです。将来もっとよい薬がでるかもしれない。医学は常に進歩している。危険な発作で頭を強く打ったりして歩けなくなってしまったらもったいない。両親が賢くんに振り回されてはいけない」。
この16年を振りかえって、お子さんの診断後間もないお父さん方に応援の言葉を贈ることができるとすれば、私は間違いなく次のように言います。圧倒的に子どもとの時間を過ごす母親に対して、感謝してねぎらってください。不満を受け止めてあげてください。そして、自分一人の時間を作ってあげてください。たとえ障害が重くて表現が上手でなくても、子どもはお母さんの笑顔が大好きなのです。